43

新たな季節を迎え、多くの新入生が穂群原学園の門をくぐる。

そんな生徒の中で一人、目を引く生徒がいる。

別段その生徒が特注の制服を着ているわけでも、目をそむけるほどの障害を持っているわけではない。

その生徒、遠坂桜は近代化が進む現代では珍しい静かでおとなしい、一般的に大和撫子と呼ばれるオーラのようなものを漂わせていた。

ただしそれは同時に入学した新入生はそう感じるだけであり、在校生である23年生にとっては別の意味を持つ。

そう2年にいる同じ「遠坂」の名字を持つ人物の妹として。

 

 

 

 

 

「今終わりました、姉さん」

「お疲れ様、桜。どうだった?

「えっと。中学生時の同じクラスの子もいたんですけど、やっぱり雰囲気が違います。人数もそうですけど、子供っぽい人から大人びた人まで様々な人たちがいました」

「そうよかったわね。担任の先生は?

「えっとたしか、葛木先生だったかと」

「そうじゃあ、桜はあたりね。葛木先生は仏頂面で静かだけど、真面目で依怙贔屓とかしないから」

「そうですね。私も最初はお坊さんかと思いました」

「あながち間違ってないわよ。葛木先生が住んでいるのは柳洞寺なんだもの」

「そうなんですか」

そんな会話をしながら坂を下っていく二人の姉妹。

片方は黒い髪をツインテールにしている、成績優秀、眉目秀麗、穂群原学園のアイドルとまで言われている、穂群原で『2番目』に有名な人物、遠坂凛。

その隣にいるのは姉と同じ黒い髪を肩のあたりまで下ろしている、可憐な雰囲気感じさせる、遠坂桜。

どちらも冬木市では有名な美人姉妹であり、姉妹そろって穂群原学園に入ると聞いた一部を除く在校生の男子は歓喜の声を上げたという。

「それで、あんたはどの部活に入るかもう決めた?

「部活ですか?一応弓道部に入ろうかと考えてますが…」

「弓道部ねぇ…一応理由を聞いていい?

「え?それは美綴先輩がよく弓道部は楽しいところだって姉さんと話してて…私、姉さんみたいに運動は得意じゃないですけど、そんなに体動かさないみたいですからやってみようかと思って…」

「ホントにそれだけ?

「そうですけど」

「ふ〜ん。まぁ、そういうことにしておきましょう」

「な、なんですかその楽しそうな顔は!ほんとにそれだけですって、姉さん!?

結局彼女には凛の意図はわからなかった。

 

 

 

 

 

47

仮入部が始まる日

桜は弓道場へ足を向けていた。

凛の親友である美綴の話によれば特に目立ったこともなく毎日楽しく過ごす部活らしい。

ただしそれは彼女が弓道部について何も調べず、今まで弓道に関わったことがなかったからである。

昨年の夏以降、穂群原学園の弓道部の名は全国の学校の注目を集めている。

それはある生徒が弓道の全国大会で優勝したからであり、また彼がやってのけたことは弓道史上あり得ないと言ってもいいことだからである。

だが彼女はそんなことを露知らず弓道場の戸に手をかけた。

 

彼女が弓道所に入って目に入ったのは道着姿で弓を放っている上級生と彼女の様に制服のまま座っている新入生。

彼女も彼らの最後尾に座る。

人数は10人ほどが確認できる。

冬木市は地方都市であり、部活などにも特に力を入れているわけでもないので、この数は桜も別段驚きはしない。

だがその後も多くの生徒が訪れ、数が30人になった時は彼女も首をかしげるようになった。

穂群原学園は部活の強制はしてない。

つまりここにいる人間はある意味、弓道部に入部するために入学をしたともいえる。

むろん桜の様になんとなくで入った者もいるだろうがそれだけでは30人という数は多い。

結局彼女の疑問は氷解することもなく、仮入部が始まる。

 

「時間になったから仮入部を始めるぞ。あたしは2年の、美綴綾子だ。よろしく頼む」

そんな挨拶とともに仮入部が始まる。

弓道場の説明を一通り終え、後は実際に弓を放つだけである。

「特に必要なことはこれだけかな。何か質問はある?

一番前にいた男子の手が挙がる。

「あいよ、なんだい?

「あの衛宮士郎さんはおられないんですか?

「衛宮?ああ、衛宮はちょっと用事でね。……一応聞くけど、この中で、衛宮目的で穂群原(ここ)

に入ったやつ手を上げてくれる?

美綴の言葉に質問した男子を含め20人ほどの手が挙がる。

「ああ…悪いけど衛宮は今、生徒会に行ってる。仮入部の時間に戻ってこれるかはちょっと分かんないな」

その言葉に手を挙げた全員が目に見えて落ち込んでいる。

だがしかし桜を含む残りの10人ほどは何が何やらわからないため、仕方なく隣にいる手を挙げた女子生徒に訪ねた。

「あのすいません。衛宮士郎さんってどなたなんですか?

「あなた弓道初めて?」

「はい」

「そうじゃあ知らないのも無理ないわね。衛宮士郎さんは昨年の全国大会で、1年生で全くの無名ながら全国優勝を果たした人なの。それ自体は別段珍しくないんだけど、衛宮さんは予選も含めて一回も的から外していないの」

「それはとてもすごいことなんですか?

いまだ弓を射ったことがないため、それがどれほど難しいかはわからないが周りの上級生を見る限り的に当てるのはだいぶ難しそうである。

「いいえ。全国大会の本選に出れる人ならそれぐらいのことやってのける人もいるんだけど衛宮さんの射はすべての的の真ん中に当たっているの」

桜は弓道場の奥にある的に視線を向けた。

同心円の的の真ん中に黒い点があり、彼女が言うように常にあの点だけを狙い続けるのはどれほどの集中力がいるのか、今の桜には想像もつかない。

「それはすごいですね」

「まぁでも、その衛宮士郎さんに関してはいい話ばっかりじゃないんだけどね」

「どういうことなんですか?

「あたしは馬鹿だから受験勉強のせいで去年の大会を見に行けなかったんだけど、なんか聞いた限りじゃ衛宮さんはオカマらしいのよ」

「は?

いきなり毛色の違った内容に桜は混乱した。

「弓道雑誌のほうにはどういうわけだか写真がなくてね。ネットとかの話しをのぞくと、その人男なのにものすごく美人で女の人にしか見えないんだって。デジカメの写真もアップされていたけど画像が荒くてね。わかったのは髪も肌もすごく白いってこと」

「そうなんですか…」

つまり彼女も含めて彼らは衛宮士郎の射の腕前とともにその素顔が目的であるという事なのだろう。

彼女にはそこまでして会ったこともない人物の顔を見たいという気持ちはわからないが、弓道部に入る上でその腕前には自然と興味がわいた。

「まぁ、その用事がいつ終わるかは分かんないんで、衛宮のことに関して今はひとまずおいといて、次は一人一回ずつ射を見せてもらおうか」

そう言って美綴りは全員を射場の前に案内した。

 

「次、遠坂桜」

桜の名前が呼ばれる。

弓を握るのは初めてであり、作法も何も分からないが、ただ隣の人物の見様見真似をして弓を構える。

―キキキキキ―

矢を握りながら弦を引くのは少し難しく、

―グッ―

矢は的の手前で失速し、地面に刺さった。

「まぁまぁだな。私の時もそんなもんだったよ」

そう美綴の言葉を受け桜は元の位置に戻る。

 

最後の一人が射を終え、もうすぐ仮入部の時間が終わる。

先ほど衛宮士郎が目的の人物たちの大半は作法もしっかりしており、的にもちゃんと当たった。

そういった光景一つとっても桜にとっては非常に有意義な時間だった。

「さてそれじゃそろそろ時間だな」

結局噂の衛宮士郎は現れず、多くの生徒が残念そうにうつむいていた時、弓道場の入り口が開く音がした。

「あっ、衛宮」

美綴のその声に仮入部生の視線が入り口に集中する。

そこにいたのは、身長は170センチほど、制服の上からでもわかる筋肉の良くついた体、顔立ちはどう見ても女性にしか見えず、髪と肌の色は雪のように白く、髪は後頭部のところで赤い髪紐でポニーテールにしている。

「遅くなって済まない、美綴」

「別にいつも真面目なあんたが遅れたところで誰も怒りゃしないよ。それにあんたのおかげで部費が少しでも増えるんだったら重畳さ」

「そう言ってくれると助かる」

「それより衛宮、新入生に自己紹介ぐらいしてやんなよ。あんたが突然入ってきて戸惑ってるみたいだし」

「ん?ああそうだな。2年の副部長を務める衛宮士郎だ。弓道部に入る人も入らない人もよろしく頼む」

そう言って笑う彼の顔はどう見ても女性にしか見えず、男女問わず何人かは顔を赤くしている。

「やれやれ、衛宮は相変わらずだな。ところで衛宮。こんなかの大半の奴はあんたの射が目的で穂群原に入って来たらしい。せっかくだから見せてやんな」

「俺の射なんか見てもつまんないと思うが」

「はっ、出る大会ではすべて優勝。おまけに予選も含めてすべて皆中(矢が的の真ん中に当たること)の奴がよく言うね」

「そうは言うが、俺がどんなことを思って矢を放っているか、お前も知ってるだろう」

「ここにいる奴らはあんたの射が見たいんだ。いいじゃないかそれぐらい」

「わかった。少し待っててくれ」

5分ほどで弓道着に着替え、士郎が射場に立つ。

髪紐を外し、今度こそ女にしか見えない士郎が弓を構える。

それと共に周りで弓を構えていた者が動きを止め士郎の射を見ようと一歩下がる。

―キキキキキ―

弦を弾く音が響く。

先ほどまでと響いていた音と変わらないはずだが、なぜかそれは聞く者を魅了する。

弦が引き絞られ一瞬手が止まり、そして矢が放たれる。

―タン―

矢が的の真ん中に刺さる。

しかし士郎はそれを見ることはなく、目をつむり一歩後ろに下がる。

「こんなところでいいか」

いまだ士郎が放った矢を注視していた、彼らは話しかけられているのに気付くと、

『っあ、ありがとうございました』

慌てて礼を言った。

そんな彼らを見て士郎は口を開いた。

「俺に憧れるのは勝手だが、間違っても俺の真似をしようと思わないこと」

『えっ!?

全員から驚きの声が漏れる。

それは当然と言えば当然である。

どんな物事も基本的に先人のまねから始まる。

そしてそこから自分自身なりのやり方を見つけ、身につけていくのだ。

そして衛宮の射はとてつもなく、うまい。

それをまねするな、と言う理由が彼らには解らなかった。

「俺がやっているのは弓道じゃない。弓術だ。だから弓道がうまくなりたいという目的で俺のまねをするのはお門違いだ」

その言葉に彼らは理解を半分、関心半分と言ったところである。

「本来、弓道は射を通して心を鍛えるものだ。大会で優勝したいとか、的に矢を当てたいというのは本人の自由だが、本質的な意味で言えば弓道に的なんか存在しない。しいて言うなら自分の心、自分自身が的だと言える」

その話に全員の目が変わる。

彼らは皆弓道とは矢を的に当ててから始まると考えていた。

しかし士郎は違う。

彼はその前、射場に立ち、弦を引く段階での話をしている。

「とまぁ、偉そうに講釈垂れては入るが、結局は俺の身勝手な妄想でしかない。君たちがどういう事を考え、思い、弓を握るかは君たちの自由だからな」

その話を最後に彼らの仮入部1日目は終わった。

 

その後も仮入部の期間が終わるまでいつも士郎は時間ぎりぎりに来ては彼らの前で一回だけ弓を引くという事を繰り返した。

そして士郎の射を見た全員が弓道部に入部した。

 

そして仮入部期間が終わり、正式に部員となり仮入部期間より終わりは遅く、終わったのは夕日が沈んだ6時ごろ。

その日は、士郎は弓道部に顔を出さず皆残念な顔をしていた。

「この後用事とかある人居る〜?

そんな彼らに弓道部の顧問である藤村大河が声をかける。

桜を含めて偶然にも、誰もこの後、特に用事はなかった。

「これから新入生歓迎会を開くからついて来て。携帯持ってる人は保護者の方に連絡とってね〜。ない人は私に行ってね。電話かけておくから〜」

その声に皆顔を上げ、歓声を上げる者もいる。

「先生、あたしも言っていいですか?

「美綴さん?いいんじゃない?それに仮入部の間一年生の面倒見てもらったし」

「やった〜」

珍しく歓声を上げる美綴に姉に電話をかけ了承をもらった桜が声をかける。

「美綴先輩、今から行くところそんなにご飯がおいしいところなんですか」

「ん?ああ、学校でもかなり評判だよ。ただしそこは店じゃないけどな」

「え?これからどこかのお店に行くじゃないんですか?

「それは着いてからのお楽しみ」

その笑みに桜は入学式の日の姉を思い出した。

 

 

 

 

 

歩くこと30分。

いつもとは別の道を歩いて行くと、そこにあったのは大きな武家屋敷。

「ついたわよ〜」

そう言って大河は何の躊躇もなくその屋敷に入っていく。

美綴と桜たちもそれに続く。

その家の表札を見て桜は一瞬呆けた。

「衛宮」

他の生徒も驚きの声を上げている。

「あの美綴先輩!ここって…」

「ああ、衛宮の家だよ」

「あのどうして衛宮先輩のっ!?

美綴に話を聞こうとして、門をくぐった瞬間、桜は驚嘆を上げなかった自分をほめてもいいと思った。

彼女が門をくぐった瞬間、彼女は結界に触れたのだ。

彼女、遠坂桜は魔術師であり、彼女の一族は代々魔術師の一族であった。

そして彼女が知る限り冬木市にある魔術師の一族は自身の家をのぞいて一つしかなく、その家の名は衛宮ではない。

ならばなぜこの家には結界に囲まれているのか?

その答えは簡単なことである。

(衛宮先輩は魔術師?

その答えに至った瞬間、彼女の体と心は一気に冷えついた。

魔術師は基本的に他の魔術師に自分の魔術を晒さない。

たとえ自身の血族であっても自分の魔術の引き継ぎの時にしか教えてもらえないのだ。

それは魔術が神秘によって成り立っているからであり、自身の魔術が知られるということはそれだけその神秘が薄くなるということであり、それはあらゆる魔術師の目的である根源への到達から遠ざかることになる。

また魔術使いという根源への到達を目的とせず、自分のためだけに魔術を使う者たちもいる。

しかし魔術使いといえどルールは同じである。

魔術がさらされれば力を失う。

故に魔術師と魔術使い、どちらも他の魔術師たちを近づけることをよしとしない。

そして遠坂の名は冬木市の魔術的な管理人として知られている。

衛宮士郎が生粋の魔術師ならばどのような理由であろうと自分は消される。

冗談でも何でもない。

亡き父に無理言って魔術を教えてもらった時、それこそ魔術など覚えなくていいからそれだけを覚えておけと姉と一緒によく言われた。

「おい桜?どうした?

突然黙りこくった桜に美綴りが心配になって話しかける。

「っ!?すいません……それでどうして衛宮先輩の家なんですか?

「桜はさ、一中の怪物って知ってるか?

「はい、確か美綴先輩と同じ年度の方で全教科5は当たり前、全国模試では全教科満点ていう方で名前は確か……あっ!?

そこで彼女はその人物の名前を思い出した。

「そっ、よく遠坂が愚痴で漏らしてたやつが一中の怪物こと衛宮士郎だ」

「衛宮先輩が…でもそれがどうして…」

「衛宮の料理ってすごくうまいんだよ。一度弁当食わせてもらったんだけどご飯一つとっても、こう炊き方が違うんだよな。調理実習の時なんか先を争うように衛宮の料理に群がったなぁ」

そんな話を聞きつつ、桜は頭の中であることを考えていた。

一歩違えれば待っているのは確実な死。

しかしもし成功すれば少なくとも心配ごとの一つは減る。

それは本来天秤にかけるべきことではない。

しかし彼女は裏で冬木市の管理する遠坂家の魔術師であり、絶対にやらなければならない。

そんな決意を胸に彼女は最後の晩餐になるかもしれない道場へ入った。

 

「来たか」

道場では長い机が並べられ、その上には蓋がしてある鍋が七つあり、その周りに小皿が重ねられている。

そして7つある炊飯器の横で衛宮士郎が正座して待っていた。

「士郎〜できてる〜?

「もうできてるよ」

「衛宮、あたしもご相伴にあずからせてもらうよ」

「美綴か。一応卵は70ほど用意したから問題はない。終わったら呼んでくれ」

そう言って士郎は道場から出ていく。

「それじゃみんな好きな所に座って〜」

いまだなぜ士郎の家にいるのか分からない者も空腹に負けたのか素直に腰を下ろす。

全員が座るとオレンジジュースが配られ、大河が立つ。

「それじゃ〜新入生歓迎会を始めます。みんなこれからもよろしくね〜。乾杯」

『乾杯』

全員が鍋にはしを伸ばす。

鍋の中はすき焼きで、具材はどこでも手に入る肉と野菜である。

しかし食べた者の感想は誰もが金をとれるものだと思った。

後は美綴が言ったような惨状で、誰もが、男女関係なく先を争うように鍋に箸を伸ばしあっという間に卵とご飯はなくなり、全員が満腹だった。

桜も久しぶりに食べたすき焼きに一瞬道場に入る前の覚悟を忘れるほどであった。

 

「おい桜帰らないのか?

歓迎会が終わり、美綴りに声をかけられ、あわてて周りを見るとすでに残っているのは自分と大河と美綴のみ。

「あっ、私は衛宮先輩と話したいことがあるので…」

「話したいことね…気をつけろよ。衛宮は女のあたしから見ても女にしか見えないけど立派な『男』なんだからな」

「わっ、わかってますよ」

男というフレーズを強調する美綴りに桜が顔を赤らめる。

「まぁ、大丈夫だろ。私は衛宮のそういった話を聞いたこともないしな」

「お前たちは一体何の話をしている」

突然割り込んできた入り口のほうからの声に振り向くとそこには士郎が立っていた。

「いや何、桜があんたに話があるって言うからちょっとね」

「桜?…もしかして噂の遠坂桜か?

「ええっと、その噂っていうのは?

士郎同様、噂とは案外本人の耳にはあまり入ってこないものである。

「うちの男子が騒いでいてな。遠坂の妹が来たと。その人物の名前は桜といい、名前のように可憐な女子だと大声で言っていた」

桜はまさか自分がそんな風に上級生の噂になっているとは知らず、頬が赤くなるのが自分でもわかった。

「それで話って何だ?

「ええっと、その、衛宮先輩のお料理がおいしくて、それでできれば教えてもらいたいんですが…」

「こいつは驚いた。まさかあの桜が一目ぼれの上、通い妻になるとわね。しかも相手が衛宮ときたもんだ」

「み、美綴先輩そんなんじゃありません。私はほんとにただ……」

「わかったよ。しかし良いのか?俺は別にかまわないが…その家族の方とか…姉に相談しないで…」

「私に父と母はいません。姉さんは私から説得します。先輩さえよければ…」

「そうか、それじゃ詳しいことは今度部活のときにでも。その時そっちのこともちゃんと教えてくれ。おれの家に通っていいのかな」

彼女の姉が遠坂凛である以上、突然知りもしない男の家に通うなどがんとして認めないと、ここ一年間の学校生活と一成からの話でよく分かっていた。

「だ、大丈夫です……多分ですけど」

だろうな、と静かに士郎は空に浮かぶ月を見上げた。

 

 

 

 

 

「ただ今、姉さん」

「おかえりなさい、桜。歓迎会どうだった?

「えっと衛宮先輩のお家でごちそうになりました」

「はっ!?衛宮先輩ってあの衛宮君!?

「はい…あの衛宮先輩って有名なんですか?

「少なくとも穂群原で彼の名を知らない者はいないわ。衛宮士郎、2年C組在籍、見かけは中世的でどちらかといえば女性に見えるけど、れっきとした男性で、成績優秀でスポーツも得意で一年のころからいつも全教科満点でテストでは開始たった20分で全問題を解いてるらしいわ。全国模試も満点で一位だし。弓道部に在籍していて、無名ながら一年で全国大会を一回も外すことなく全国優勝を果たしその後も参加する大会では彼が放つ矢はすべて必ず的の真ん中に矢が当たるそうよ」

「よく知ってますね」

「当然よ。我が家の家訓を忘れたの?いつもいつも私の上にはあいつがいて、それにいつも柳洞君と一緒にいるし。それでその衛宮君がどうしたのよ」

「実は今度衛宮先輩に料理を教えてもらうんですがその…姉さんについてきてもらいたいんです」

「はぁ?

彼女にはわからなかった。

なぜ自分からあまり人に接しようとしない妹がいくら部活の先輩後輩の関係で料理をふるまってもらったからといって衛宮士郎という男に料理を習うということを考えたのか?

桜の料理の腕はよく知っており、洋食では桜に、中華では凛に軍配が上がり、一般人からすれば少なくともどちらもうまい部類に入る。

なのになぜ今更他のあまり接点のない人物に師事するようなまねをするのか。

そしてなぜそこに自分も関わらねばならないのか。

「桜、普段だったらあんたが自分から何かをすることにあたしが文句をいう権利もないし、強制する権利もないけど、今回は別、どうして衛宮君に近づくのか、そしてどうしてあたしも付いていかなきゃならないのか。あたしがぐうの音も出ないほどの答えを聞かせてもらうわよ」

「はい、まずどうして先輩と関わろうと思ったかというと……その先輩の家に魔術的な結界が施されていたんです」

「なっ!?

その時彼女の頭は真っ白になった。

彼女の中で考えていた桜が紡ぎだすであろう言葉のどこにも魔術の魔の字はなく、またなぜ彼女がそんな家で食事をし、五体満足で帰ってこられたのか今の彼女には説明するだけの論理がなかったからだ。

なぜならどのような魔術師であろうと自分の魔術的な要素のある住居にほかの魔術師が入ってきたならどのような理由であろうと、他に誰がいようと、迅速かつ確実に排除しようとする。

それがその土地の管理者に黙って潜んでいるもぐりの魔術師ならなおさら自分の正体がばれるような真似はしない。

だが彼女は生きている。

そこから出される結論は、

「そうつまりあたしに衛宮君が魔術師かどうか見てほしいってことね」

「はい、私から見てとても衛宮先輩は魔術師に見えませんでしたし、魔力を感じませんでした。結界を張ったのが別の人かもしれません。ですが姉さんなら私でも気付かないようなことにも気づくかもしれませんし、先輩の家だって入ったのは道場だけでじっくり見たわけではありませんから」

「そう…大体のことはわかったわ。衛宮君の家に行くのも認めてあげるし、あたしも付いて行くわ。ただ衛宮君には私が付いていくことは伏せといてね。何らかの罠を仕掛けられても困るし」

「わかりました。すいません姉さん」

「いいのよ…それに今年はあれがあるから少しでも候補になりそうなやつに目をつけておくのは悪いことじゃないし」

「…私たちは勝ち抜けるでしょうか…」

「…できるかどうかじゃない。勝たなきゃいけないのよ。魔術師の一族として……お父様とお母様のためにも…」

それは二人の願いとともに亡き両親への誓いでもあった。

 

翌週の日曜日

衛宮邸の門を二人は見上げていた。

「どうですか、姉さん?

「張られている結界は一つ、内容は『住んでいる者に対して敵意をもった者がこの邸に侵入した場合警報を鳴らす』ってところかしら。他は特に見当たらないわ」

「先輩が仕掛けたものなんでしょうか?

「実際に会ってみないとそこまではわからないわ」

「わかりました」

そして二人は静かに衛宮邸の門をくぐった。

 

「こんにちは、先輩」

「お邪魔するわ、衛宮君」

「……ようこそ。ところで遠坂…ええっと」

玄関で三人は挨拶を交わすが、士郎は二人ともあまり面識もなく、一人ならば名字で呼べるが、姉妹である二人の呼び方に困っていた。

どこか二人を、特に凛のほうに視線を向けている士郎に二人は目を細め、口を開いた。

「名前で呼んでくれて構わないわよ」

「いや…」

「あの先輩、私も姉さんも名前で呼んでもらってもかまわないので」

「…そうか…それで、桜。おれは凛も来るとは聞いてなかったんだが?

「ええ、言わなかったもの。桜にも言わないように言っておいたし。それに私がいたら何か問題でもあるのかしら?

それは彼女なりにカマをかけたのである。

もしここで何らかの理由から彼女たちを追い返せばその時点で士郎が魔術師あるということを自分から言ったも同然である。

「ああ、少なくとも現時点で二つ問題が発生した。まぁどちらも二人に迷惑はかかるがそれはそちらのミスだから我慢してくれ。さて、いい加減玄関で長々と客人を立たせるわけにもいかないし、居間に案内するから付いてきてくれ」

そう言って彼は二人に背を向け、歩き出す。

二人もその背中を追うが内心二人とも首をかしげていた。

士郎は凛が来たことによって発生した問題というのがその態度からどう見ても予想付かなかったのだ。

玄関に入った時点で殺されているだろう。

そうでないなら逆になぜそこまで凛を警戒しているのか分からなかった。

 

居間につくとそこには士郎より背が高く筋肉質の男性とまるで人形のような黒いゴシックの服を着た少女が座っていた。

「さて、この家の同居人を紹介する。こちらは七月王理さん。俺の父さんの知り合いだった人」

「王理だ。呼び方は好きにしな」

どこかぶっきらぼうで他人を寄せ付けない態度に自然と二人の態度がこわばる。

「こっちはレンちゃん。彼女は俺が子供のころ海外にいたときお世話になっていた人の妹の同居人で、その妹さんが病気になってその人が治るまで引き取ることになったんだが、俺が日本に帰るときに、付いてきたいってことで一緒に住んでる。レンちゃんはしゃべれないわけじゃないけどめったにしゃべらない。まぁ顔を見てれば大体何を言いたいかわかるから」

「…(コクリ)」

一方こちらはその表情から何を考えているかはあまり分からない無表情の少女。

どちらも極端な人物であるが故に二人とも魔術的なつながりがあるかはわからない。

「衛宮士郎だ。これからよろしく」

そう言って士郎も挨拶をする。

しかし二人はここで首をかしげた。

「あの先輩、ご両親の方は?

「どちらもいないよ。もともと俺は養子でな。引き取ってくれた父さんも一年後に死んだ。まぁ父さんには別居してる妻、つまり俺にとって義理の母親がいるがまだこの家には来ないみたいだ」

「そう、遠坂凛です。妹の付き添いで来ました」

「遠坂桜です。その、これからよろしくお願いします」

そう言って二人も頭を下げる。

「さてまずこの家のことだが基本的に自由に出歩いていいが、土蔵にだけは入らないでくれ。特に凛」

「へぇ、なんでよ?

「俺の特技はガラクタいじりでな。使われなくなったビデオデッキなんかはよく拾ってくるんだ。というかたった三人しか住んでいない家に炊飯器が住人の数より多くあるなんていうのはそれが原因だ。で、今修理中のものは基盤なんかがむき出しで置いてあるんだが…凛、お前機械類全くダメだろ。美綴から携帯すらまともにかけられないと聞いたが?

「うっ…」

残念ながら、それが、彼女がミス・パーフェクトとは呼べない一因でもある

「それに他に俺は椅子とかお椀とかを直接木を削って作っているんだが、そういったときに出る木屑やさっき言った基盤とかの部品を作るときに出た金属を吸い込んだりしたら困る」

そう言って士郎はテーブルに木でできた無骨はお椀を置く。

一般的に売られているものと違い昔ながらの漆を塗った素朴な碗は洋風なものを好む彼女たちも欲しいとひそかに思ったほどだ。

「そういうわけだからできれば土蔵に近づいてほしくないんだが…」

「わかったわ。そういう事情だったら近づくわけにもいかないわねぇ」

そういったが内心ではやはり土蔵の中身が気になる。

士郎の話す様子は自然でどこか取り繕ったようなところもなく全部本当のことなのだろう。

しかしだからこそ魔術のような秘匿されるべきもの隠すにはうってつけなのだと。

 

「それと、さっき言ってた2つの問題だが…もしかして1つはまだ分からないのか?

そう士郎が話題を変える。

「ええ、できればわかりやすく説明してくれるとうれしいんだけど、衛宮君?

そう言う凛の目は鋭くポケットに忍ばせておいた宝石をいつでも取り出せる状態である。

「そもそも桜がここに通う本来の目的はなんだ?

士郎がやや呆れながら凛に聞いた。

「料理を習うためでしょ?

「そうだ。そして桜の料理の腕前がどれほどのものかはわからないからある程度の数の食材を用意はしたが、そこに予定外に人間が一人増え、食材が足りなくなった。さて凛、当の本人であるおまえならどうする?

そう言われて二人ともようやく士郎が何を言いたいのか理解した。

「…やれやれ、一成が凛にも隙があると言っていたがこういうことか…」

「なっ、確かに今回のことは私が悪いけどそれとこれとは関係ないでしょ!

既に彼女に学園でかぶっている猫は存在しない。

「そうだな。でも俺もおまえもまだ子供だ。世の中何が起こるか分からない以上こういうことは事前に言っておくべきだと俺は思うのだが」

「ああもう私が悪かったわよ。それでもう一つの問題ってのはなんなのよ?

「そうだ内容に関して言えばこちらのほうがはるかに悪質だ。凛は俺の家で新入部生の歓迎会を開かれたことは知っているか?

「ええ」

「その時二人とも疑問に思わなかったのか?いくら弓道部に在籍していて、うまい料理が作れるとはいえ、一部員の家で歓迎会が開かれあまつさえその部員に料理を作らせたのか?

「そういえば確かにそうよね。いくら衛宮君が了承したといってもそれはあまりいいことではないわよね」

「それはだな、藤村先生、藤ねぇが毎日俺の飯を目的にこの家に通っており、俺にとっては家族同然の扱いだからだ。ちなみ藤ねぇの家はこの家の隣だ」

「そうなんですか!?

「なっ!?

桜は藤村のその生活に驚くが凛が驚いたのは別の理由だ。

「衛宮君もしかして今日も?

「ああ、というよりそもそも先ず最初に許可を取るとしたら藤ねぇにとる。そうでなきゃ俺だけじゃなくこの王理さんたちの命も危ないからな」

「でしょうね……まずったわ。まさか藤村先生の住処だったとは思わなかったわ」

「まぁその件についてはある程度対策をするが原因の一端であるお前にも覚悟をしてもらうぞ」

「藤村先生が受け持つクラスの生徒は全員、耳栓が必要なのよね?

「ああそれについては問題ない。俺が配ってるからな。予備は一応あるが、ここに来る時は絶対持ってきてくれ。もし忘れたら家に取りに戻るか来ないほうがいいだろう」

「そうねぇ、もし忘れたとき何かのはずみで吼えでもしたら命がいくつあっても足りないわ」

そんな二人の会話に桜はすでに付いていけなかった。

「あの〜王理さんどうなってるんですか?

仕方なく眼の前で我関せず解いた感じで黙ってる王理に尋ねる。

しかし、

「…まぁあの嬢ちゃんが来ればわかることだ。今は黙ってろ」

そう言ったきり再び黙ってしまい結局一人取り残されてしまう。

(私ここまで流されてばかりで…姉さんにも無視されて…影が薄い…)

そう静かにここの中でため息をついた。

 

その後、桜そっちの話し合いが終わりようやく桜の料理の腕前が披露され、直後に士郎が作ったまったく同じ材料を使ったが格の違う料理にへこむということがあり、時間は12時半を回ったところである。

テーブルには士郎が作った料理が並べられ、レンの前にはイチゴのショートケーキが置かれている。

そのことに凛と桜の二人が突っ込んだが、

「レンちゃんはケーキしか食わないんだ。まぁ俺が引き取る前にもそうしてすごしてたみたいだし、世の中には土を食う老婆や、三食を苺のジャムと食パンだけで過ごす少年もいるらしいんだから気にするな」

と、いわれ大人しく引き下がった。

むろんその説明に納得はいかなかったが、レン自身が目で突っ込むなという感じの訴えを出しており、他人の食事事情に知り合ったばかりのものが口を出すものではないと自制した。

 

「最後にもう一度確認するぞ」

テーブルには人数分のおかずとみそ汁とご飯が並べられ、後は件の藤村大河が来るのを待つばかりである。

「俺が『耳栓』と言うか、レンちゃんか王理さんが後ろを向いて耳栓を当てたら二人とも急いで耳栓をつけろ。もしコンマ何秒でも遅れたらその時点でアウトだ。わかったか?

「ええ」

「はい」

そう二人が手に耳栓を握った状態で頷く。

この家ではある意味で最も危険な時間帯が食事時であり、最も神経を使うときでもある。

「〜士郎〜今日のご飯は何?〜」

そんな声とともに藤村大河がまるで自分の家のように居間に入ってくる。

「藤ねぇ、もっと静かに来いよ。桜たちが驚いてるだろ」

「ん?ああそうか今日から桜ちゃんが料理を習いに来るんだっけ」

「そうだよだからちゃんと挨拶しろ」

「藤村先生これからよろしくお願いします」

「いいのよ、作ってくれる人が増えればもっと美味しいものが食べれられるんだし」

「藤村先生妹ともどもお世話になります」

「うん遠坂さんもよろしくね」

ごく普通に凛にも挨拶を返し滞りなく昼食が始まる。

 

「士郎、おかわり」

わずか5分でおかわりの声がかかる。

声の主は藤村大河。

そう様子に凛と桜は呆れ、士郎はいつ通りご飯をつぎ、レンと王理は食事を続ける。

そして茶碗を受け取り再び、おかずに箸を伸ばそうとした時、その手が若干震えた。

「耳栓!

その一瞬の変化で士郎は声をあげ、レンはフォークを放り出し後ろを向き猫のように丸まりながら震え、王理も後ろを向き耳に手を当てる。

凛と桜も急いで手の中に隠しておいた耳栓を付ける。

直後、

「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

耳栓を付けていながら耳鳴りがする虎の咆哮が部屋に木霊する。

士郎!どうして遠坂さんがいるのよ!桜ちゃんだけって話だから私は許可したのよ!一人ならいいけど、姉妹のハーレムなんてお姉ちゃん認めません」

「俺だって凛が来るなんて聞いてなかったんだから仕方ないだろ!文句なら凛に言え!

「士郎!お姉ちゃんは女の子を悪者扱いするように育てた覚えはありません!

「俺だってそんな風に育てられた覚えはない。良いから少し落ち着け。二人が呆けてるから」

「むぅ、とにかくきちんと理由を説明し貰うんだからね」

ようやく落ち着きを取り戻し、静かに座る。

全員が一息つく中、凛と桜は魔術関係なしに本当にこの家に関わっていいのか悩み始めた。









 

あとがき

こんにちはNSZTHRです。

七歴史では書かれていなかった、凛と桜の会合編です。

本篇も含めてなぜ衛宮家の人間は耳栓をしてないのに鼓膜が破けないのか?そんな疑問があったので今回は全員に耳栓を付けてみました。

次からようやく本篇が始まります。

あと土を食べる老婆うんぬんは本当です









管理人より
    投稿ありがとうございます。
    補完ありがとうございました、確かに最初見た時虎が咆哮しそうな場面ですよね。
    土を食べる云々は私もテレビでですが見た記憶があります。


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